趣味のウォーホール① [ essay]
GWからずっと更新をサボっていました。
今日は軽いのりで 趣味的なお話を。
20世紀の現代アートの世界では、ピカソと並んでその功績を称えられるアンディー・ウォーホールですが、元々はコマーシャルアートの世界で活躍しており、イラストレーターとしてそれなりに有名でした。たとえば、靴のイラストなどは皆さんもどこかでごらんになったのではないかと思います。
イラストレーターとして活躍していた頃からアーティスに対してのあこがれがあったのでしょうね、1952年、54年、56年とイラストとデッサンの個展を開いたのですが、全然売れなかったようです。
1958年に当時のネオダダの代表作家である、ジャスパー・ジョーンズやラウシェンバーグの個展を見て衝撃を受け、自分の目指すべき道を自覚したようです。
はじめは、漫画を油絵にした作品を制作していたのですが、レオ・キャステリ画廊でのリキテンスタインの作品をみてショックを受け、漫画を描くことを断念し、そしてレオ・キャステリ画廊でのデビューも諦めています。
相当のショックだったと思われますが、そこで諦めていたら世界の歴史も変わっていたんでしょうね。
1962年7月、ロサンジェルスのフェラス画廊で開いた個展が、アーティストとしての実質的なデビューでした。
その時の作品が32点のキャンベル・スープ缶を描いた50センチ×40センチのキャンバスをずらりと並べたものでした。
でもこのキャンベル・スープとドル紙幣を描くアイディアをインテリア・デザイナーのミリュエル・レイトに相談し50ドルで買ったそうです。
それほど、ウォーホールにとってキャンベル・スープは描くべきものだったということですね。
たぶんその時に彼の中では、キャンベル・スープをどのように描けばいいか?
今後の自分のやることを確信したのだと思います。
もし、リキテンスタインより先に漫画の作品を描いていたら、彼の表現の特徴でもある「繰り返し」出てこなかったのかも?
この繰り返すことによる表現はその後、様々な意味を見いだすことにな利増すし、リキテンスタインはその特徴である「ドット」を用いた表現でアート界を制したわけですし、なにかここにも「神の見えざる手」が働いてるような気がしてなりませんね。
今日は軽いのりで 趣味的なお話を。
20世紀の現代アートの世界では、ピカソと並んでその功績を称えられるアンディー・ウォーホールですが、元々はコマーシャルアートの世界で活躍しており、イラストレーターとしてそれなりに有名でした。たとえば、靴のイラストなどは皆さんもどこかでごらんになったのではないかと思います。
イラストレーターとして活躍していた頃からアーティスに対してのあこがれがあったのでしょうね、1952年、54年、56年とイラストとデッサンの個展を開いたのですが、全然売れなかったようです。
1958年に当時のネオダダの代表作家である、ジャスパー・ジョーンズやラウシェンバーグの個展を見て衝撃を受け、自分の目指すべき道を自覚したようです。
はじめは、漫画を油絵にした作品を制作していたのですが、レオ・キャステリ画廊でのリキテンスタインの作品をみてショックを受け、漫画を描くことを断念し、そしてレオ・キャステリ画廊でのデビューも諦めています。
相当のショックだったと思われますが、そこで諦めていたら世界の歴史も変わっていたんでしょうね。
1962年7月、ロサンジェルスのフェラス画廊で開いた個展が、アーティストとしての実質的なデビューでした。
その時の作品が32点のキャンベル・スープ缶を描いた50センチ×40センチのキャンバスをずらりと並べたものでした。
でもこのキャンベル・スープとドル紙幣を描くアイディアをインテリア・デザイナーのミリュエル・レイトに相談し50ドルで買ったそうです。
それほど、ウォーホールにとってキャンベル・スープは描くべきものだったということですね。
たぶんその時に彼の中では、キャンベル・スープをどのように描けばいいか?
今後の自分のやることを確信したのだと思います。
もし、リキテンスタインより先に漫画の作品を描いていたら、彼の表現の特徴でもある「繰り返し」出てこなかったのかも?
この繰り返すことによる表現はその後、様々な意味を見いだすことにな利増すし、リキテンスタインはその特徴である「ドット」を用いた表現でアート界を制したわけですし、なにかここにも「神の見えざる手」が働いてるような気がしてなりませんね。
Twitterまとめ投稿 2011/05/12
- reinoartウサーマ・ビン・ラーディン容疑者殺害の真偽?(改題加筆2):彦坂尚嘉の《第6400次元》アート:So-netブログ http://t.co/7jTfEHi05/11 18:43